自由の言い訳
自由で勝手なところが魅力的だというのは良いことのようで、
そこにはどうしたってジレンマが発生する訳で。
自由であれと言われて自由でいるならそれはもう自由じゃないんじゃないかとか、
そういうしょうもないことを、自由じゃない人は考えてしまうのだ。
それでも私は、自由でいてほしいと願う。
その自由を見ているだけで自分も自由でいられるような錯覚があるから。
きっと嫌いな人は嫌いなんだろうな、なんて考えてしまうのが、そもそも不自由な人って感じだけど。
「それでも」が大事なんだよ。
マイナスを並べて、それでも、と言いたいこと。
一般的にマイナスですら、プラスに見えるくらいの「それでも」がそこにある。
だから走って会いに行く訳だ。
憂鬱な気分を吹き飛ばすその存在に会いに。
本当は私のためなんかじゃなくていい、自分のためだけでいい。
でも、もしも自由であることに理由をつけなきゃいけない時があったなら、
私のせいってことにしてくれたっていいから、自由でいてほしい、なんて。
自由じゃない人間は言い訳が多くて大変だね。
とにかく何も気にしないで、今のままそのままでいてほしいだけ。
エンジェル/ウルフルズ